戦国いにしえの旅 in 関ヶ原古戦場めぐり
「写真:再現された安土城天主5・6階部 (信長の館にて撮影)」
平成21年10月15日、雲ひとつない真っ青な秋空の中、定年した親父と2人で、琵琶湖がある滋賀県は安土と岐阜県の関ヶ原をめぐる戦国いにしえの旅へ行ってきました。今月の2週間限定でJR西日本エリア内1日普通・快速列車乗り放題切符「西日本乗り放題切符」(1枚3000円)が販売されました。(期間は平成21年10月3日~10月18日まで)その切符を利用しての格安旅行です。前回は織田信長の安土城跡を見学、今回は第二弾で岐阜県関ヶ原へ向かい、関ヶ原古戦場跡を散策します。
「NAO君旅日記:戦国いにしえの旅 in 織田信長の居城 安土城跡めぐり リンク」
http://hanunao1974.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/in-6035.html
「写真:住宅地の中に徳川家康の最後の陣跡がある」
安土城跡から高速で40分、岐阜県関ヶ原へ向かいます。 1600年、石田三成を中心に毛利輝元を総大将とする西軍と、徳川家康を総大将とする東軍との天下を分ける合戦があった場所です。今回は関ヶ原の合戦が開始されたとされる開戦地と、東軍大将・徳川家康が最後に陣を張った場所、西軍大将・石田三成陣跡、東軍と西軍が最大の激戦となった決戦地へ足を運びました。
「写真:決戦地から眺めた笹尾山の石田三成陣」
笹尾山の石田陣へ上がると関ヶ原の丘陵地が一望でき、松尾山の西軍・小早川秀秋陣、徳川最初の陣、西軍・毛利陣の全体が見渡せます。戦いは東軍の圧勝で、最後の激戦地である決戦地は石田陣の真下で行われ、西軍が追い詰められていたことが分かります。西軍の小早川が東軍に寝返ったことも西軍の敗退の原因と言われています。 まさにこの場所で何万人が戦死した激戦地へ立つと、400年前の戦場がここであったという歴史の凄まじさを肌で感じることができます。
「写真:石田三成陣跡」
「写真:激戦地となった、決戦地の碑 石田三成陣の真下である」
「写真:三成陣から眺めた関ヶ原一帯 前方の山が朝倉山、写真中央右側の森が徳川最後の陣跡」
「写真:小西行長陣まじか、ここが関ヶ原の戦いの火ぶたが開けられた場所とされる、開戦地」
時間はあっという間に過ぎ、関ヶ原から北陸線長浜駅へ向かいレンタカーを返して、17時06分発の新快速播州赤穂駅行きに乗って、日帰り戦国いにしえの旅は終わりました。 安土城・関ヶ原古戦へ観光の際は、最寄駅にレンタサイクルもありますので、自転車でも十分回れる距離です。こちらで観光するのもお勧めです。
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